がん患者も社会の一員として「すれ違い」をなくす発信を心がけています

長谷川一男さん(病名:肺がん)

2023/11/13     

 

長谷川さんの肺がんが見つかったのは39歳、すでにステージ4の状態でした。必死で治療を続け、少し体調が落ち着いた5年後、同じ病気で闘っている人と繋がりたいと患者団体を立ち上げました。長谷川さんが得意とする発信力を発揮し、常に新しい情報を仲間たちに届けています。二人に一人ががんになると言われる時代、これからは、社会とがん患者の考えの「すれ違い」をなくしていきたいと話してくれました。

突然の肺がん告知から
患者会の立ち上げまで

長谷川一男さんの肺がんが見つかったのは、今から13年前のことでした。喫煙の経験はなく、働き盛りの30代後半でしたが、すでにステージ4の肺がんだと診断されました。その状態が受け入れがたく、長谷川さんはいつくもの医療機関を巡り、治療方法を模索してきました。

「手術や投薬など、その時々にできる治療を行ってきました。最後に手術を行ったのは11年前になるのですが、手術の影響や合併症の影響にずっと悩まされていました。それがここ2年位やっと落ち着いてきて、食欲も出てきましたし、だるさを取る薬も飲まなくなりました。おかげさまで、今は体調のいい状態が続いています。最近では、お寺の庭を眺めながらお堂で行う寺ヨガにも参加しているんですよ」

長谷川さんは、ご自身の治療が落ち着いた約8年前に「特定非営利活動法人肺がん患者の会ワンステップ」を立ち上げ、現在も理事長として精力的に活動を行っています。まずは、その立ち上げの経緯を教えていただきました。

「ワンステップを立ち上げたのは2015年です。自分の体調が少し落ち着き、今後の人生は何をしていこうかなと考えました。病気になる前は、マスコミ業界で働いていたので、情報提供をしたり、何かをわかりやすく人に伝えたりというところは、自分の得意分野だと思っています。そこで、それを活かして、がんの分野で何かできないかなと考えて患者会の設立に至りました」

仲間とつながり
患者目線の情報を残したい

ワンステップでは3つのミッションを掲げています。まず1つめは「居場所作り」です。病気によって傷つき、時には落ち込んでいるときに、誰かがそばに寄り添い話を聞いてもらえる機会を提供しています。その活動は、同じ病気を持つ似た境遇の人が集まり、お茶でもしながらお話しましょうというところから始まりました。コロナ禍を経て、今ではZoomも活用して、全国の方と定期的に「おしゃべり会」を開催しています。

2つめは、病気についての知識を増やす「リテラシーの向上」を提唱しています。「病気のことを知らなければ、自分の人生も治療も決められない」というのが長谷川さんの信念です。

「現在は、病気や治療にまつわる情報も複雑化しています。納得できる治療を自分で選択し、病気と向き合っていくためには、病気や治療について『知って考える』ことが大切だと思っています。そのためにも細かい情報をいち早く届けていきたいと考えています」

患者会に所属している方の話ですが、その方は肺がんが進行し治療の選択肢が少なくなったころにワンステップに入会しました。そこで、患者会に所属する多くの人が自分のドライバー遺伝子の変異について詳しく知っているという事実を目の当たりにしたそうです。その方は、治療には最新の情報を持っていることが大切だと実感し、現在も常に情報をアップデートしながら治療を続けています。

そして、3つめのミッションとして「アドボカシー」を挙げています。それぞれのがん罹患の経験や知見を集積・継承し続け、社会を変革していく力に変えることで、医療の発展に寄与することを目標に掲げています。長谷川さんが患者会を立ち上げた2015年当時はインターネット上の掲示板が流行していて、多くのウェブサイト掲示板に様々な病気に関する知識や情報が集まっていました。しかし、掲示板を管理していた方がウェブサイトを閉鎖してしまうと、せっかく積みあがった経験値や集った方々の感情までもが一瞬にして消えてしまっていたのです。長谷川さんは、その状態を目の当たりにし、非常に心を揺さぶられました。

「医師の方々の研究などは少しずつ積み上がっていくのに、患者の体験や知見はそうではありませんでした。患者の声というのは世の中を動かしていくような、医療をより良くしていくような大切なものにもなるのではないかと思い、継承されていく場を作りたいと思いました」

長谷川さんは理念を掲げるだけではなく、できることは積極的に行動しています。学会と共同して患者の声を要望書にまとめて、国の制度を動かしたこともありました。

患者にもさまざまな人がいることを
社会に伝えていきたいと思っています

「ワンステップには進行がんを患っている方が多くいます。命に限りがあるということを突きつけられている方々です。がんに罹り、どうしたらいいのかわからずに立ち往生している患者さんが、道しるべを探しにワンステップへ来ているのかもしれません。だから、自分のやるべきことや進むべき道がわかって、途中で来なくなる方もいらっしゃいます」

それぞれの方の考えや置かれた立場、状況が異なるため、そうした方々もいるのは当然だと長谷川さんは温かいまなざしで語ってくれました。昨今、多様性を認めあう社会になろうという潮流が生まれていますが、そこには病気に対する偏見を無くすことも含まれています。ただ、自身も患者である長谷川さんは、患者を取り巻く社会の環境の変化を広い視点で見ています。

「がん患者を取り巻く社会問題のひとつに、例えば就労問題があります。もちろん、がんと診断がつくかつかないかのうちに仕事を辞めてしまう『びっくり離職』などは防いだほうがいいのかもしれません。それに、もちろん治療とお金の問題は切っても切り離せません。だからといってがん患者の就労を社会問題という側面だけで取り上げるのは違和感を覚えます。患者本人が働きたいと思っているのであれば、何の問題もありません。しかし、そうではない方に向かって社会的、経済的な損失だけを説くのは違うような気がします。余命が数年しかないとわかっている方の場合、働く意義がわからないと考える人も少なくありません」

長谷川さんは、がん患者にも多種多様な人がいて、いろいろな考え方があると言います。しかし、がん患者にもいろいろな人がいるということが社会に伝わっていないのが問題だと考えているそうです。

「例えば、小児がんの子どもにウィッグを贈るためにヘアドネーションをしましょうという活動があります。これ自体は、もちろん素晴らしいことです。でも、中には夏の暑い時期はウィッグを外したいというお子さんもいます。ウィッグを取った姿に偏見を持たずに受け入れてくれる人が多くなったほうが、より素晴らしい、多様性を認めた社会と言えるのではないでしょうか」

第61回日本癌治療学会学術集会のポスター発表で、最優秀賞とオーディエンス賞を受賞した長谷川さん

患者自身も社会を構成している一部であり、「患者のため」とされていることに違和感を覚える場合、患者自身がきちんとそのことを伝えていく必要があると長谷川さんは説きます。また、長谷川さんはがん患者への「偏見」や「思い込み」をデータで示すことで、「社会と患者のすれ違い」を浮き彫りにするため、今年10月に開催された第61回日本癌治療学会学術集会で患者アンケート調査のポスター発表を行いました。このような活動を通じて、「社会と患者のすれ違い」を解消していくことで、偏見を減らし、誰にとってもより良い環境へと近づいていくのかもしれません。